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鎌倉 材木座 光明寺  (5月19日) [鎌倉散歩]

 

  イギリスでまたテロがありましたね。大変な世の中になったものです。日本は大丈夫でしょうか。
 人間のDNAから人を殺傷する要素を消し去ることは出来ないのでしょうか。武器がなければ争いも
少なくなると思います。


 きょうもまた、思い立って鎌倉に行ってきました。北鎌倉の東慶寺で「イワガラミ」の時別公開を
しているということでしたので馳せ参じました。11日までですが、時間の変更や公開しない日が
ありますからお出かけの方はHPで確認の上お出かけください。公開時間は9:00~15:00です。
 他の花は、イワタバコが咲き始めていました。杜若も紫陽花も楽しんできました。この記事は
後日アップする予定です。


 この日(5月19日)は布団の中できょうはなにをしようか考えました。山手もいいけどそうだ久し
ぶりに鎌倉に行こうと決めました。
 鎌倉はいいのですが、電車に乗ってもどこに行くか決めかねていました。北鎌倉で降りるか、鎌倉
まで行くか・・・鎌倉まで行って材木座の光明寺をお参りしようと決めました。ところが持ってきた
はずの鎌倉絵図を忘れてきたことに気づきました。光明寺は訪れたことがありませんが、前に行こうと
思って道筋を調べた記憶があったので、行けばわかるだろう気楽に考えて鎌倉駅を出発。
 大巧寺の傍を通り本覚寺の前を通って一本道。元八幡や妙長寺、九品寺などにミニストップして光明
寺を目指しました。途中、2回道を教えて貰いましたが、1時間足らずで到着しました。

 光明寺は、江戸時代には浄土宗関東十八檀林の第一位として格付けされた格式の高い 寺院です。
開山は記主禅師然阿良忠(きしゅぜんじねんなりょうちゅう)、開基は鎌倉幕府の 第四代執権北条
経時で、仁治元年元年(1240)鎌倉に入った良忠のために、経時が 佐助ガ谷に寺を建てて蓮華寺と
名付け、それが寛元元年(1243)に現在地に移 光明寺と改められたと伝えます。
  元禄十一年(1943)建立の本堂は、国指定重要文化財。弘化四年(1847)建立の 山門は、県指
定重要文化財。ことに本堂は、鎌倉で現存する近世仏堂のうちでも 最大規模を誇ります。当寺は今
なお、建長寺、円覚寺と並ぶ壮大な伽藍を構成して います(光明寺説明板より)。
  総門を入ると前方に山門がそびえています。この広場も境内でしょうね、広いです。 山門をくぐ
ると向こうに大殿(本堂)が見えます。途中の右側には鐘楼、左側には 開山堂があり、大殿の右側
には三尊五祖之石庭、左側には記主庭園(庭)ありその 向こう側に大聖閣があります。 広い境内に
圧倒され伽藍に見とれその印象が強すぎました。わたしの撮った写真は その広大さを捉えていません
でしたので割愛し、大殿(本堂)内の仏像のみをアッ プします。


DSC_6830



DSC_6831 脇侍
 本尊阿弥陀如来坐像。トリミングしました。左右の脇侍・観音菩薩、勢至菩薩が暗くなるので明るく修正
しました。



DSC_6831
 本尊をもうちょっと大きくしてみました。



DSC_6833
 ご本尊の左隣にあった立像、名前は分かりません。



DSC_6832 法然上人
 上の像の更に左側に法然上人と如意輪観音。



DSC_6834
 ご本尊の右側に善導大師と弁財天。撮った時弁財天ばかり気になり、善導大師は分かりませんでした。
善導大師の顔が隠れています。



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 本堂内は絢爛豪華!


DSC_6836


 大殿ばかりではなくそのまわりを少しアップします。


DSC_6841
 三尊五祖の庭。3+5で8個の石があるのですが7個しか見えません、一個はどこに?(フレームの外)



DSC_6847 (2)
 奥に大聖閣、左が書院、手前が記主庭園(池)。



DSC_6865 (2) 水平
 大殿の裏山を登ったところに景勝展望台があります。そこからの眺め、手前が材木座海岸でその
右奥が由比ヶ浜。(きょう、由比ヶ浜に行ってきた)。左奥は稲村ヶ崎?


 鎌倉は相変わらず混雑していました。小町通りは自分のペースで歩けない。あまり有名でない
寺院を訪ねるしかないなときょうも思ったのでした。

 本日はこれにて。

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